ソーキそばも、提供するお店によって独自の物が作られていきました。
ソーキそばに豆腐などを乗せたり、野菜炒めや豚足やアオサなどを乗せたソーキそばが増えていきました。
具材に使うバリエーションが増えていたため、ソーキそばを注文する人が次第に増えていきました。
そのため、ソーキそばは本島だけではなく、宮古島や八重山諸島などの離れ島などへも広がっていきました。
そして、離れ島などにも広がっていったソーキそばは、それぞれの地域で独自の発展や改良などをされていきました。
沖縄全体にソーキそばは広がり定着していったので、多くの県民が愛する県民食として発展していきました。
しかし、県を代表するグルメとして知られてきた沖縄そばに、公正取引員会からの名称使用などに対してのクレームが入る危機がありました。
そばという名称を使用するためには、蕎麦粉を30%以上使用しなければならないという全国製麺類公正取引委員会の規約があります。
しかし、ソーキそばなどに使用されている麺には、蕎麦粉が全く使用されていませんでした。
そのため、麺を小麦粉のみで作っているので、ソーキそばなどで使用している「そば」の名称にクレームがついてしまったのです。
公正取引委員会からのクレームを受けてしまいましたが、多くの県民や様々な地域の人から愛されている名称をこれからも使用していくために協議を重ねていく事になりました。
昔から愛されてきた歴史のある名称を存続するために、公正取引委員会のある東京本庁まで行き、名称使用の打開策を見つけるために数か月間にもなる長い協議を重ねていていきました。
ついに沖縄そばの名称許可が下りることに。
数か月間の交渉に結果、公正取引委員会から1978年10月17日に、「本場沖縄そば」の名称を正式に認可してもらう事が出来ました。
公正取引委員会との名称使用のために何か月も行って交渉などのために、全国に名前が広がる事になり認知度が以前よりも上がる事になりました。
公正取引委員会から名称を正式に認めてもらった事を記念して、1997年10月17日を記念日にする事にしました。
毎年この記念日になると、そばの麺を製麺メーカーなどから多くの人に無料配布などのイベントが開催されています。
中国から伝わったそばは、多くの改良を加えたり名称使用のクレームなどを乗り越えて、今日の愛されるそばになっていきました。
この記事へのコメントはありません。